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『犯罪都市』(2017)

『犯罪都市』(2017) 『犯罪都市』(2017)

『犯罪都市』(2017)脚本・監督:カン・ユンソク

強力班刑事・副班長 マ・ソクト役:マ・ドンソク
黒竜組ボス チャン・チェン役:ユン・ゲサン

『新感染ファイナル・エクスプレス』(2016)で素手でゾンビを倒す怪力漢を演じたマ・ドンソク主演の『犯罪都市』は、2004年に韓国で実際に起こった事件を元に、強力班(強行犯係)の刑事、中国の新興勢力、韓国チャイナタウンの朝鮮族マフィアたちの死闘を描いたクライム・アクションである。

本作は興行的に成功し、[青少年観覧不可映画]では『アジョシ』(2010、ウォン・ビン主演)を超え韓国映画至上歴代3位のヒットを記録した。
第38回青龍映画賞では、黒竜会幹部ソンラク役のチン・ソンギュが助演男優賞を受賞。その他にも新人監督賞、編集賞、技術賞の3部門にノミニーされるなど各映画賞に名をを連ね、2017年を代表する韓国映画となった。

 

〜あらすじ〜

時は2004年。ソウル南部・衿川(クムチョン)警察に勤務する強力班・副班長のマ・ソクト刑事。規格外に強く、仁義を通しマフィアのこともしっかり立てる彼のことを、その地区最大組織のボス・ファン社長は「ヒョンニム(兄貴)」と呼び、毒蛇組のボスもイス組のボスも彼には逆らえないでいた。毒蛇組とイス組の間でいざこざが起こっても、両組のボスを呼び出し、警察権力もうまく使い強引に仲を取り持つマ刑事。いわば彼のおかげで、3つの組織の均衡は街でうまく保たれていた。
ある日、毒蛇組の組員の借金を取り立てに中国から新興勢力の黒竜組の3人が街に乗り込んでくる。縄張りを荒らされた毒蛇組のボスは憤慨し黒竜組の元へ出向くが、あっけなく殺される。黒竜組が毒蛇組を乗っ取ったことで街の悪のパワー・バランスは崩れ、チャイナタウン加里峰洞(カリボンドン)は戦争の渦に飲み込まれていく……。

いやはや、久しぶりだ、韓国映画を観てのこの興奮は……

各人物の初登場シーンは、それぞれのキャラクターや立ち位置、力関係を観客に示す上で重要である。
本作の主人公・マ刑事の初登場ショットを解読してみよう。

マ刑事の初登場はなんとバックショット(背中)である。携帯片手に仕事の話をしながら商店街を歩く彼の背中をカメラはカットを割らずにフォローしていく。『レスラー』(2008、ミッキー・ローク主演)のほとんどのシーンで使われた手法であり、観客はその人物の主観に近い感覚で臨場感のある映画体験ができる。よく背中で魅せる芝居が一番難しいと聞くが、この手法を主人公の初登場シーンで演出してくるとは、なかなかカン・ユンソク監督は度胸が据わっている。なにせ観客は主人公の顔がしばらく見えないのだから。

そして、長回しでマ刑事をフォローするカメラ。マ刑事の進行方向でチンピラ同士が刃物を出し殺し合いに発展しそうな喧嘩をしているのだが、マ刑事の歩速は全く緩まない。野次馬がチンピラ2人の喧嘩を取り囲む中、マ刑事は電話を切ることなく通話しながらチンピラそれぞれの腕の急所のつぼのような箇所を剛力で掴み刃物を落とさせる。歩きを止めることなく片手だけで瞬時にチンピラ2人を玉砕し、路上で刃物を売っているアジョシに「道端で刃物を売るなと言っただろう」と刃物の料金を支払い(チンピラの1人はこの売り物の刃物を奪ったので)、遅いタイミングで駆けつけた警察官に後の処理は任せ、そのままその現場を去っていく。

前情報無しで本作を観ると、このスーツ姿で人相の悪い巨漢はマフィアのボスなのかと勘違いしてしまうだろう(たまたま知人の結婚式の帰りだったからスーツ姿だっただけなのだが)。
これらの一連の演出の流れで、数々の修羅場を潜り抜け闘い慣れている、乞食のような露天商にも優しい思いやりの心を持った漢である、街の人間はチンピラだろうと彼には逆らえない等、マ刑事の人となりが伝わってくる。説明的台詞一切無しでだ。見事な演出である。

正直、本作の秀逸な演出、俳優の危機迫る芝居は上記のように全て羅列していくと原稿用紙数十ページにも及びかねないし、あまりこのような私の戯言を頭にインプットしすぎないで映画を観て欲しいので、私の思う本作の一番の見どころだけを言うことにしよう。

それは、劇中に多くあるマフィア同士の殺し合いシーン。

注目すべきは、銃の撃ち合いが一切無いのである。斧を含む刃物で殺し合うのだ。実際に朝鮮族マフィアや中国のマフィアは刃物で殺し合うのだろう。銃の撃ち合いよりも、刃物を何度も何度も刺し合う死闘は、鋭く鋭利な効果音も加わり目を背けたくなるほど痛々しい。アクションも、格闘技ではなく、ストリートファイトの喧嘩慣れした強者のやり口が実に研究されているなぁという印象。まぁ、私は素人ではあるのだが、過去に浴びるように観てきた闘い方で観たことの無いような相手の急所をつく喧嘩技術が新鮮で面白い。

特に、黒竜組3人の喧嘩の強さ・極悪さが凄まじい。スクリーン越しに観ているのに、ぞっとする。できることなら人生で関わりたくない人種だと私の本能が戦慄する。いうならば『ヒーローショー』(2010、井筒和幸監督)で感じた本当の人間の邪悪な妖念のようなものが奴らからは滲み出ている。特に黒竜組のボスのチャン・チェンの恐ろしさが凄い。このユン・ゲサンという俳優の芝居を初めて観たが、少し度肝を抜かれた。
『哀しき獣』(2010、ナ・ホンジン監督)の朝鮮族の裏社会ボス・ミョン(キム・ユンソク)に似た恐ろしさ・極悪さがチャン・チェンから終始醸し出されているのだ。

あと、しっかりと各々の人物のドラマも描かれている。人物たちが変化するドラマツルギーをおろそかにしていない。
総合力のある力作であることは間違いない。
ちなみに『犯罪都市2』の製作も、またマ・ドンソク主演で決定したようだ。必見。

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崔 正憲  (ちぇ じょんほん)

札幌出身の在日三世。

2005年 学習院大学経済学部経営学科 卒業
2015年 日本映画大学脚本・演出コース 卒業(一期生)

監督作品 『熱』(2015) 第9回 TOHOシネマズ学生映画祭 準グランプリ、第19回 水戸短編映像祭 準グランプリ 『DUEL』(2013) 『ナニジン』(2013)

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