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『殺人の追憶』(2003)

『殺人の追憶』(2003) 『殺人の追憶』(2003)

『殺人の追憶』(2003)

  脚本:ポン・ジュノ、シム・ソンボ
  監督:ポン・ジュノ
(原題:살인의 추억、英題:Memories of Murder)
主演 ソン・ガンホ:パク・トゥマン刑事役、ソ・テユン:キム・サンギョン刑事役、キム・レハ:チョ・ヨング刑事役、パク・ヘイル:パク・ヒョンギュ容疑者役

出展:Amazon

 

『殺人の追憶』は、実際に起こった連続強姦殺人事件を題材としたシリアスなサスペンス映画で、
今や韓国で最も作家性を保ちつつ商業的に成功していると言われるポン・ジュノ監督の出世作である。
 本作の題材の「華城(ファソン)連続殺人事件」は、1986年から91年にかけ京畿道華城群で起きた連続殺人事件であり、13歳の中学生から71歳の老婦人まで10人の女性(うち1件は水原市で発生)が犠牲となった。そして、06年4月に最後の事件が時効を迎えた未解決事件だ。

 〜あらすじ〜
 1986年10月23日。ソウルから50キロほど南にある農村、華城で若い女性の変死体が発見される。地元の刑事パク・トゥマンが捜査を始めるが、現場検証も満足にできないまま数日が経ち、同様の手口で殺された第2の犠牲者が発見される。その後、ソウルから派遣されたソ・テユン刑事も加わって何人かの容疑者が連行されるが、決定的な証拠を見つけることができないまま、犠牲者の数は6人にまで増えていく。「顔を見れば犯人がわかる」と豪語するパク刑事。口よりも先に軍靴が飛ぶ相棒のチョ刑事。冷静に情報分析を続けるソ刑事。犯人にたどりつけない焦りの中で、まったく噛み合わなかった彼らが次第に距離を縮めていく。1

 「ポン・ジュノ監督は黒澤明の生まれ変わり」という話を映画人からよく耳にする。世界中から高く評価される彼の映画のほとんどを私も観ているが、そのどれもが面白く、且つただのエンターテインメントではなく常に社会に潜む闇を浮き彫りにする。

 まず断言したい。この映画の一番の見どころは、ラスト・ショットのソン・ガンホである。
 映画において最も重要なショットはラスト・ショットと言っても過言ではないと私は信じるが、その考えを確信にしてくれるのが本作だ。もちろん、そこまでの過程があってのあのラスト・ショットのソン・ガンホなのは言うまでもないが。

 なぜこの映画が面白いのか。もちろん犯人捜しというサスペンスはあるが、その他に二人の刑事パクとソのバーサス(対立)があると私は考える。地元で起きた事件を解決しようと躍起になっているパク刑事らの元に、ソウルからソ刑事が派遣されてきてパクらの強引で乱暴な取調べにイチャモンをつけ否定する。
 「捜査は足でするものだ」と突っぱねるパク刑事と、「データは嘘をつかない」と冷静沈着なソ刑事はいわば正反対の性格を持ったキャラクターだが、劇が進むにつれ二人は化学反応を起こし捜査も少しずつ進展していく。二人の主人公は次第に互いを認め合い、劇の序盤では暴力的な取調べに呆れていたソ刑事が終盤ではパク刑事以上に暴力的になっていく。大きく変化していく二人の主人公が観ていて面白い。

 具体的に私が息を飲んだ秀逸な演出の一部を紹介したい。
 劇序盤で、パク刑事は「顔を見れば誰が犯人なんかすぐわかる」と自信満々に上司に豪語する。すると上司は、たまたま署に居合わせた二人の男を指差し、「片方が強姦犯で、もう片方が被害者の兄だ。どっちがどっちか当ててみろ」と言う。そして、二人の男を凝視しているパク刑事の表情のアップで次のシーンへ飛ぶ。あえて、パク刑事にどっちがどっちと言わせずに。

少し後の、パク刑事とソ刑事の出会いのシーン。ソ刑事の事をまだ知らないパク刑事は、若い女性に道を訪ねようとしただけのソ刑事を連続強姦魔と勘違いしソ刑事に跳び蹴りを食らわす。しかし彼がソウルから派遣されてきたソ刑事だとわかると、言い訳がましく「刑事が喧嘩弱くてどうする」と言う。するとソ刑事はパク刑事に「刑事が人見る目なくてどうする」と揶揄する。

 ここで、先ほどパク刑事はきっとどちらが強姦犯で、どちらが被害者の兄か当てることができなかったのだろうと推測できる。
 映画は時間省略の芸術とも言われるが、このようにあえて全てを客に見せずに点と点を劇中に散りばめることで、客は自身の想像力で点と点を線に繋ぐ補完作業を楽しむことができる。

 他にも幾つか本作の注目ポイントを紹介したい。

 実際にあった事件ものに限らず、映画とは徹底的に時代考証しリアリティを追求しないと客は「そんなのあるわけないじゃん」と冷めてしまうものだ。本作でそんな時代考証の苦労を垣間見ることができる小道具の一つに「新聞」がある。当時はまだ韓国で漢字が使われていたという事実が本作で発見できるのである。

 次に、ポン・ジュノ作品では必ず「トンネル」が映し出される。この「トンネル」を彼の作品一つ一つ比較するのもまた一興だ。(ソン・ガンホの跳び蹴りもポン・ジュノ監督全作品で観ることができる)

 最後に、全役者の表情の芝居に注目しながら本作を観て欲しい。人間は、表情だけでこんなにも感情を表現出来る生き物なのだということを改めて実感する。ポン・ジュノ監督は表情を映し出すのが上手い。

 では、映画史に残る傑作をとくとご覧あれ!

引用文献
1松本志代里責任編集(2016)『韓国映画で学ぶ韓国の社会と歴史』キネマ旬報社

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崔 正憲  (ちぇ じょんほん)

札幌出身の在日三世。

2005年 学習院大学経済学部経営学科 卒業
2015年 日本映画大学脚本・演出コース 卒業(一期生)

監督作品 『熱』(2015) 第9回 TOHOシネマズ学生映画祭 準グランプリ、第19回 水戸短編映像祭 準グランプリ 『DUEL』(2013) 『ナニジン』(2013)

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