第八期(1992~1993)

第八期は金京必君が再選されました。

 その年の4月、1991年1月の韓日覚書を受けて、通常国会では「外登法改正案」が審議されていました。しかし、その内容は指紋押捺制度が撤廃されたものの、それに替わり不署名罪が新設、依然とした常時携帯制度の適用など、基本的な管理政策には何等変わりのないものでした。このような覚書の精神に逆行する日本政府の蛮行に対し、本会では現在まで改正運動を先端的に牽引してきた責任と、在日同胞社会の前衛であるという自負心から、通常国会開催中の4月14日、東京にて「4・14行動」を決行しました。意を同じくして全国から緊急集結した約100名の青年は、衆議院会館にて、最後まで闘い抜く確固たる姿勢をシュプレヒコールに反映させました。また、行動はマスコミを通じて広く世論に伝わり、本会の不退転の姿勢を内外に示しました。

 一方、第七期から推進中の内実化作業にも、継続して注力していきます。特に後半期に至っては、内実化作業を活性化すべく「巡回キャラバン」を実施し、内実化取り組み地方には取り組みを、また、他地方には活性化を施していったのです。
 そしてその集結として、また、2年間にわたる内実化作業の収斂の場として、第1回祝祭「第74周年2・8独立宣言記念 在日韓国青年祝祭」を2月6~7日、大阪の地で開催し、全国から内実化作業に尽力してきた約600名の青年を集結させました。
 そこで、これまでの内実化の取り組みを成果発表で確認し、民族の「和合」に向けたシンポジュウムにて問題提起を図り、そして参加者全員による大農楽隊で我々在日同胞の限りない可能性を確認し、提示したのです。
 そしてこうした内実化の取り組みは、翌年の神戸で開催された地域住民との共存共栄をアピールした「第2回祝祭」へと発展していったのです。

 また、第八期執行部では、来たるべき21世紀を視座にいれ、在日同胞青年の意識を把握し、そこから組織のなすべき課題、社会への展望を導き出すべく、「第3次在日韓国人意識調査」を1993年の6月から8月末にかけて実施しました。この調査は、社会調査の見地からも高く評価される学問的にも非常に成果ある取り組みとなりました。
 調査の結果を通じ、「民族として生きることそれは、人間らしく生きることの証明」であることが、導き出されたのです。意識調査の結果は、その後の青年会の活動に大きな裏付けとなりました。

 幕張メッセでの朝青との共同応援は、朝鮮籍青年対象の「母国訪問団」へと発展し、始めての青年会主催による「母国訪問団」が2回実施されました。
 その他、1993年後半期より青年会中央本部主催による同胞青年の受け皿として、「ウリ韓国語講座(ウリ講)」が開催され、後の飛躍的発展へとつながるのです。

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