インタビュー深沢潮さん

2018年08月21日

アンニョンハセヨ、インジュです。
今回のインタビューは作家の深沢潮さんです。
2013年に単行本「ハンサラン 愛する人びと」(新潮社)でデビュー。在日コリアンの若い世代や親子など、その日常や葛藤を描いた作品で注目されています。(あとママ友ら女たちのこわ〜い感じを描いた作品もおすすめ!)
都内某所、韓国にありそうな雰囲気の穴場カフェでゆっくりとお話を伺いました。

 

——最新の単行本「海を抱いて月に眠る」(文藝春秋)の主人公は、お父さんをモデルにされているそうですね。

在日1世で、民主化運動をしていた父から聞いた話をもとにしています。父の引っ越しを手伝った時、金泳三元大統領と青瓦台で写っている写真が出てきて驚きました。そうした話は以前「ひとかどの父へ」(朝日新聞出版)の小説でも匂わせていたのですが、謎の多い父のことをもっと詳しく聞きたいと思いました。

主人公が日本へ密航で来たことや、子どもの病気で韓青(在日韓国青年同盟)の運動をやめたことなどは実際の父の話です。不器用で怒ると手がつけられない性格も同じ。でも今はすっかり丸くなって、私たちに何か言われるとしゅんとしています(笑)

 

——在日であることを受け入れられなかった時期があったとおっしゃっています。

心臓の病気を持つ姉がおり、いじめられたりして負担にならないように通称名を使っていました。日本人のふりをして生きていたことで、出自を余計に虐げるようになっていたと思います。

大学生の時の米国留学で変わりました。米国で私はアジア人でしかなかった。そこまで国籍で悩まなくて良いのかなと思えるようになりました。日韓から離れて、第3国に行ってみることはおすすめです。

民主化以降は韓国社会にも変化を感じ、見方も変わってきました。
在日男性との結婚で本名を使うようになり、楽になりました。周囲の態度は何も変わらなかった。
結婚相手の仕事の関係もあって日本籍を取得したのですが、素直になれてわだかまりもなくなった今、韓国籍がなくなったことをさみしく思っています。
葛藤が深かったのも自分の国だと思っていたからこそなので、なんで手放しちゃったんだろうって。日本も二重国籍が認められたらなと思うくらいです。

 

——小説を書き始めた理由は?

離婚して40代になってから書き始めました。
昔から物語を考えることが好きだったので、その延長といったところでしょうか。
子育てや働いたりした経験で、デビューが遅い分、幅広くいろんな人を見ることができたのはメリットだと思っています。
セクシャルマイノリティの方に「救われました」と連絡をもらったことがあり、そうした読者の反応が一番うれしいです。

11月中旬には美魔女をとりまく「かけらのかたち」という小説が新潮社から出ます。また季刊「小説トリッパー」(朝日新聞出版)では(日本の皇族出身で朝鮮王朝最後の皇太子妃である)李方子さんの連載を予定しており、大正時代からいろいろ調べているのですが、100年前から変わらない差別がありました。

小説では「悩んでもいいんだよ」と肯定したいと思っています。
「在日」の印象って固定されがちですが、世代や環境によって様々で、いろんな人がいるということを知ってもらいたい。
私は息子と娘がいるので、特に若い人への思いはあります。彼らが生きやすい社会になってほしいですね。

 

——最後にメッセージをお願いします。

ヘイトスピーチなど在日コリアンをとりまく世相が変わりつつある今、以前にもまして、痛みや辛さを分かち合う仲間が求められているのではないでしょうか。
それは民族が同じということだけでなく、越境した人々、マージナルな存在、いろいろとあります。

留学時代、レバノン出身の女性と知り合い、米国のイスラムフォビアの人がヘイトを浴びせているのを経験しましたが、逆に、人は属性で判断するべきでない、その人ひとりひとりだ、ということを言って、彼女をかばう米国人もいたことが印象に残っています。
多様なマイノリティを知ること、話をしてみることが痛みや辛さを和らげてくれることもあると思います。そして負の面ばかりに目を向けずに、救われる部分、人の善き面にも出会っていってほしいです。

——ありがとうございました!

 

朝日新聞出版提供

 

聞き手:アン・インジュ

1984年ソウル生まれ。1990年に来日、神奈川県で育つ。延世大学校政治外交学科卒。日本の全国紙に勤務中。

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深沢潮さん最新の単行本

「海を抱いて月に眠る」(文藝春秋)

   

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