「女性の物語」だけにしない

2019年05月31日

「韓国語が出来なければいけない。」

「民族学校に通っていなければいけない。」

「民族名を名乗らなければいけない。」

 

留学したのに韓国語も苦手で、民族学校にも通えず、日本名を名乗る私はしばしばこんなことばに出くわす。社交辞令用の笑顔で誤魔化しながら「左様でございますか。」と心の中でつぶやくことにはもう慣れた。

 

 一部の在日のひとたちや「支援」しているという日本のひとたちとあって、こんなお説教をされたとき、在日と「なる」にも一苦労だと必要だと痛感する。そのあと、セットになってくるのは「何番目の子ども?」という質問だ。「長男です。」と素直に答えると、たいていこう言われる。

 

「そうか、それなら早く結婚をして、お義父さんとお母さんの孫の顔を見せないとね。家庭を持たないと大人になったとは言えないよ。」

大人になるためにはもう一苦労必要なようだ。

 

いま、話題の『82年生まれ キム・ジヨン』を読んでいるとあることを思い出す。

わたしがキム・ジヨンの夫の実家である釜山に留学していたとき、ベトナムから来た留学生たちと一緒に政治学の授業を受けていた。ある学生が「韓国ではじめて朴槿恵さんという女性政治家が大統領になりましたが国民の反応はどうでしたか?」と質問した。

教授は「あのひとは子供を産んだこともないし、主婦の経験もないからWoman大統領ではなくて、Human大統領だと呼ばれている。」と言った。

 

大学の外で『お前は女なのに気を遣えないのか。』と若い女性店員に絡むおじさんや『あのひと、いい年なのに結婚もしない。』と市場でひそひそおばさんの声を聴いていたのだが、まさかここまで言われてしまうとは・・・・・。

と「女性」になるためのハードルに驚きながら授業を聴いていた。

 

 授業が終わると大学の寮に戻った。すると軍服姿の男たちがいるではないか。いったい、なにが起きたのだろうと見まわしているとある男が話しかけてきた。顔を見てみると日本語が達者でよく一緒にお昼を食べていた子だった。

「どうしてそんな恰好を?」と訊くと「きょうは国民訓練で軍隊に行ったやつは訓練しに行かなくちゃいけない日だから。」と答えた。建前上、軍隊のないくにでずっと生活していたわたしには想像できないことだった。

「大変じゃないの?」というと「韓国だと軍隊に行かないやつは男じゃないから。」と言って、軍隊に行かないと就職も厳しい話をしてくれた。

 どうやら「男性」になるためのハードルも高いようだ。

 

 釜山留学中のできごとを思い出しながら、この作品を読み終えたわたしは書評をいくつか読んだ。そのどれもが「女性の物語」としての評価だった。しかし、性別を超えて、一人前として認められるハードルの高さを知っていたわたしは「女性の物語」だけというよりも「どうしてこんなハードルがあるのか?」という問いが頭のなかを駆け巡っていた。

 

「○○ではければならない」はわたしの苦手なお説教も、キム・ジヨンが言われていたことばのなかでもよく使われている呪縛のことばだ。これは「○○人」という存在をお国のために作り上げ、男は働き手兼戦士にし、女は新たな働き手兼戦士を生み出させるためにあると、韓国の近現代史を見直して気づく。

この呪縛から逃れるためには「どうしてこうなったのか?」と絶えず問いつづけていくことが必要だ。

『82年生まれ、キム・ジヨン』を単なる「女性の物語」としてではなく、「同じ呪縛のなかで生きているひとの物語」として読みたい。

 

(金村詩恩)

 

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出典:Amazon.co.jp

   

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