歴史用語解説

〜在日は戦後も虐げられた〜
ここでは、在日同胞史の中から、世代ごとにいろいろな用語解説をしていきます。

■土地調査事業

 日本の植民地支配の元、とくに経済的な収奪によってひどい苦痛を受けるようになった。
 その中でもっとも大きな被害を被ったのが土地の侵奪であった。
 日本は国権を奪った直後から、土地調査事業という名のもと、農民の土地を申告させた。
これは、土地所有関係を近代的に整理するという口実で進められた。しかし、申告の手続きが複雑でややこしく、日帝に協調しないという反日感情があって、多くの農民たちは申告しなかった。
 その結果、申告されなかった土地は、持ち主の居ない土地とされ、総督府の所有となった。また、従来王室や公共機関に属していた多くの土地が総督府の所有となったり、全国的に分布していた、一族の土地や村の共有地も大部分没収された。
朝鮮総督府は、これらの没収した農地を、東洋拓殖株式会社など日本人が経営する土地会社に払い下げたり、韓国に渡ってくる日本人に安値で引き渡したりした。
 その結果、韓国の農民たちは一層貧しくなり、土地を失った農民たちは深い山の中に入り、火田民となったり、新しい生活の糧を求めて、満州などの国外に移住する人々も多くなった。
 また、日本は土地を略奪すると同時に、わが民族の産業活動をさまざまな点で制約し、あらゆる手段を尽くして資源を略奪した。これは韓国を日本の経済発展に必要な商品市場と原料供給地にし、彼らの国家利益を増大させるためのものであった。日本の産業侵奪政策でわが民族の経済活動は大幅に萎縮し、民族産業もその発展がおさえられて沈滞するほかなかった。
 朝鮮総督府は会社令を公布し、会社設立は必ず朝鮮総督府の許可を得なければならないとした。これは韓国人の企業活動をおさえるための措置だった。とくに、電気と鉄道などの事業は朝鮮総督府や日本の大企業がこれを握り、彼らの利益を増大させることに利用した。
 林業分野でも膨大な山林が朝鮮総督府と日本人の所有となってしまい、鉱業部門でも韓国人の鉱山経営はきびしくおさえられ、日本人がほとんど独占する状況となった。日本は、金、銀、鉛、タングステン、石炭など産業に必要な地下資源を略奪した。

■強制連行

 一九一〇年、日韓併合が行われ、韓国は日本の植民地となった。この当時、朝鮮人は日本に自由往来できなかった。朝鮮人の日本内地への自由渡航が認められたのは、一九二二年からである。これ以後、在日朝鮮人数は増加するのだが、強制連行の発端となったのは、一九三八年の「国家総動員法」であった。「国家総動員法」は、戦争目的達成のため、人的資源を統制し、運用するための法律である。そして、朝鮮に於いては、「内鮮一体」の旗印の下に強制連行という朝鮮人狩りがはじまった。しかも、軍や警察によって手当たり次第トラックに乗せ連行するという、乱暴な実態が日常化した。
 日韓併合も、朝鮮において長らく日本の支配者たちが徴兵制の実施をためらっていたのは、朝鮮人を日本軍隊の構成員にして武器を持たせれば、いつ反乱を起こされるかわからないと恐れたからである。
 にも関わらず、朝鮮への徴兵制に踏み切らざるを得なくなったのは、日中戦争の拡大、太平洋戦争への突入により、戦争遂行に必要な要因の確保が緊急の課題となったためである。
 こうして一九三七年、朝鮮に駐留する日本軍は、朝鮮の兵役問題解決のための試験的制度として、志願兵制度が一九三八年に実施された。
 この陸軍特別志願兵制度は、当初日本の支配に好意的な中流以上の階層から志願兵を集め、皇国臣民としての教育・訓練を施し、兵力として利用すると共に、皇民化運動の牽引車たらしめようとする計画であった。しかし、実際に実施してみると、そのような中流以上の階層者は志願を拒む者が多かった。しかも、朝鮮総督府は各道別に志願者数を公表するなどして、採用予定者数の数十倍の志願者を確保しようとしたため、各道・郡の役所は、下部の面(村)ごとに志願者を強制的に割り当てるに至った。
 志願者数の多寡が「愛国熱のバロメーター」と理解され、行政組織の末端である面では、学校卒業者を脅迫したり、父親を拘留して家族に圧力をかけたり、名前だけを貸せと騙して志願させるという方法が行われた。
 一九四二年の閣議では朝鮮への一九四四年徴兵制施行を決定された。朝鮮総督府は、二年後の徴兵制実施までに何としてでも朝鮮の青年を皇国臣民として仕立て上げなければならなくなり、日本語教育、軍事訓練、皇民精神教育を徹底していった。

在日韓国人の人口
年度 居住人口 背 景
1910 2,000 「土地調査」土地収奪、耕作権剥奪
1915 5,000 「第一次世界大戦」軍需景気
1920 40,800 産米増殖
1925 187,100 食料供給地、米穀商品化
1930 419,000 「農業恐慌」満州開拓動員
1935 720,800 戦時体制
1940 1,241,300 強制連行、徴用徴兵
1945 2,100,000 終戦

日本渡航朝鮮人徴用労働者数(1939-45)
炭鉱 318,546
金属 75,749
土建 107,327
工場其他 26,062
合計 667,684


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