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ソウルの”フィリピン市場”から

ソウルの”フィリピン市場”から ソウルの”フィリピン市場”から

 厳寒のソウルで南国の味を満喫した。揚げたバナナ、豚の串焼き、そしてココナッツのジュース。屋台に並ぶフィリピン料理だ。

屋台のフィリピン料理

 ソウルの大学路といえば小劇場が連なる”演劇の街”として知られる。だが、週末になると、若者が集まるマロニエ公園とは逆の方向、恵化ロータリー周辺で街の雰囲気が一変する。耳に飛び込んでくるのはタガログ語の会話ばかりだ。ソウル在住のフィリピン人が集まり、急ごしらえの”フィリピン市場”が姿を現すのである。路上を埋め尽くした簡易テントの屋台には、フィリピン料理をはじめ、食材、菓子、日用品など、様々な商品が並ぶ。甘いバナナを噛みしめると、口の中に常夏の香りが広まった。いつしか風景までもが原色に染まる。

ソウルの「フィリピン市場」。 大学路ちかくの舗道に屋台が並ぶ。

 ソウルの移民街といえば朝鮮族の中国人が集まることで発展した加里峰洞などが知られているが、いまやソウルとその近郊では、次々と外国人労働者の集住(集合)地域が生まれている。

 韓国における外国人居住者は、1990年にはわずか4万人に過ぎなかった。現在は約176万人。この30年近くで40倍以上も膨れ上がった。これは総人口の3.4%にものぼる。外国人は特別な存在ではなく、日常に溶け込んだ隣人といえよう。

ソウルの加里峰洞にある中国人街

 それに合わせて、かつては「単一民族国家」を主張していた韓国社会も変化の過程にある。今世紀に入ってから「在韓外国人処遇基本法」「多文化家族支援法」などが相次いで制定され、外国人の人権擁護政策が進められてきた。外国人集住地域には、外国人家庭の暮らしをサポートするための多文化家族支援センターも設置されるようになった。

 多様性は”社会の力”だ。摩擦や軋轢を乗り越えたところに、そして共存と相互理解が進んだところに、より豊かな社会が待ち受けている。少なくとも韓国の行政は、制度だけでも社会の実情に合わせようと努力している。

 ソウルの”フィリピン市場”近くで興味深い光景を目にした。屋台が軒を連ねる道路の反対側に位置するウリ銀行。なんと、日曜日であるにも関わらず、店内の窓口が開いているのだ。聞けば、平日に休みを取りにくい外国人労働者のために、数年前から行員を常駐させ、窓口の日曜営業を続けているのだという。案の定、多くのフィリピン人で店内は混雑していた。制度によって変わるのは町の風景だけではない。共に生きていくのだと、企業や人の意識も変わっていく。

 もちろん、韓国に問題がないわけじゃない。低賃金や解雇など労働条件をめぐるトラブルは後を絶たず、外国人差別もなくなっていない。数年前、私はソウル市内のいくつかの大学で日本国内の「在日差別」に関する講演をおこなったが、”イルベ”(ネット上の掲示板。差別的な書き込みが飛び交うことで悪名高い)に依存する学生たちから「外国籍住民が差別されるのは当然」といった反応を示され、激しい議論となった。まだまだ社会の内実は制度に追い付いていない。

 しかし、それでも行政が社会の多様化を意識して、変革の歯車を回し続けることは大事だ。民主主義は動かしてこそ意味がある。

 さて、日本はどうか。一昨年、初めて外国籍住民の人権に言及した法律(ヘイトスピーチ解消法)が成立した。社会は動いているか──。いま、私は自身に問いかけている。

 立ち止まらない。もっと回せ。転がし続けろ。

 それがわたしの年頭の誓いだ。

 
安田浩一(ジャーナリスト)
 
1964年生まれ。週刊誌記者を経てフリーランスに。「ネットと愛国」で講談社ノンフィクション賞、「外国人隷属労働者」で大宅ノンフィクション賞(雑誌記事部門)を受賞。